研究自由
人間および社会について問いを立て、観察し、調査し、批判し、知識を形成することは、原則として自由であるべきである。研究テーマが論争的、不快、政治的、宗教的、反多数派的であること、または期待される結論が特定の社会集団にとって望ましくないこと自体は、研究を制限する理由とはならない。研究への制限は、研究内容そのものではなく、研究の実施によって他者に生じる具体的な負担や権利侵害その他、他者に実質的な不利益を与えることを避けるための理由によって正当化されなければならない。
The Standard
レビューの判断は、この11条に当てて行います。条文を公開し、版を管理し、変えたときは理由を記録します。
指摘には、その根拠になった条を書き添えます。 なぜその指摘なのかを、受け取った側があとから辿れるようにするためです。
この体系は、専門職の裁量を統治するものではありません。 人に何かを聞く者すべてに開かれた、事前の説明可能性の枠組みとして書いています。
Structure
第1条から第9条は、専門職であるかどうかにかかわらず、 研究として人に何かを尋ねる者すべてに当たります。 第10条と第11条は、そこに審査を担う者と体系を保つ者が加わります。
Articles
人間および社会について問いを立て、観察し、調査し、批判し、知識を形成することは、原則として自由であるべきである。研究テーマが論争的、不快、政治的、宗教的、反多数派的であること、または期待される結論が特定の社会集団にとって望ましくないこと自体は、研究を制限する理由とはならない。研究への制限は、研究内容そのものではなく、研究の実施によって他者に生じる具体的な負担や権利侵害その他、他者に実質的な不利益を与えることを避けるための理由によって正当化されなければならない。
研究に関与する者は、自らが研究にどのように関与するかについて、形式上だけでなく実質的に選択できなければならない。情報が提示されていることや同意欄が存在することだけでは十分ではなく、本人が内容を理解でき、拒否・撤回による不利益を合理的に恐れず、現実に他の選択肢を持つことが重要である。問われるべきは、形式的な同意の有無ではなく、本人に実質的な選択可能性が確保されているか否かである。
研究者その他の関係者は、研究参加者に対する権力関係を利用して、恣意的に研究参加や情報提供を強制してはならない。教師と生徒、雇用者と労働者、支援者と被支援者など、形式的には拒否可能でも実質的には断りにくい関係については、特別な配慮を要する。重要なのは権力差そのものを消去することではなく、その権力が研究参加者の意思決定を恣意的に左右しない制度を設計することである。
研究対象となる人間は、研究目的を達成するための単なる情報源、標本または手段として扱われてはならない。研究者は、対象者を自らの人生、価値観、社会関係を持つ主体として扱い、その人格を不必要に毀損するような研究実践を避けなければならない。ただし人格の尊重は、その者の自己理解、信念、行動または所属集団について批判的な研究を禁止することを意味しない。
研究が他者に時間的、心理的、身体的、社会的、経済的その他の負担または危険を生じさせる場合、その負担は研究によって得ようとする知識・公共的利益・教育的利益等に照らして合理的に正当化できるものでなければならない。同じ研究目的をより小さな負担で達成できる方法が存在する場合には、原則としてより負担の小さい方法を選択する。研究計画の事前審査についても同様に、想定される害や負担の大きさに応じた程度の審査にとどめ、不必要な手続負担によって研究を阻害してはならない。
研究による利益と負担は、社会的立場の弱さ、アクセスの容易さ、研究者との関係などを理由として、特定の個人または集団に不合理に偏って配分されてはならない。研究対象者の選定、研究参加へのアクセス、研究成果から生じる利益・不利益について、誰が負担を引き受け、誰が利益を得るのかを問う必要がある。公正とは結果を均等にすることではなく、差異ある扱いについて合理的な説明可能性を要求することである。
人間の意思決定や利益は、孤立した個人だけではなく、家族、学校、職場、地域、文化、コミュニティその他の社会関係の中で形成される。したがって、個人の同意のみをもって、すべての問題が解消したとみなしてはならない。一方で、共同体や家族の利益を理由として個人の意思を自動的に従属させてもならず、個人と関係性の双方を考慮した判断を行う。
社会科学研究は、直接の研究参加者が害を受けなくても、研究対象とされた集団、地域、組織、文化その他の第三者に社会的影響を与えることがある。研究者は、研究成果の公表、分類、命名、比較その他の行為によって、特定集団への不合理なスティグマ化、再識別、差別その他の予測可能な不利益が生じる可能性を検討する。ただし、集団に不都合な事実が明らかになる可能性そのものを研究禁止の理由としてはならない。
研究対象となる者は、単なるデータ供給源ではなく、社会について知り、解釈し、語る能力を持つ認識主体でもある。研究者は、特定の人々の証言を社会的属性のみを理由として不当に軽視したり、研究者側の概念だけによって対象者の経験を恣意的に歪曲したりしないよう努める。一方で、当事者の自己理解を無条件に真実として採用する義務があるわけではなく、研究者は批判的分析の自由を保持する。
研究者は、自らの研究が誰に、どのような負担を課し、なぜその方法を採用し、データをどのように扱い、どのような判断を行ったのかについて、合理的に説明可能でなければならない。研究の妥当性は、「事前の審査を通過した」という事実のみによって正当化されるものではなく、研究者自身が研究の設計と実施について責任を負う。審査を行う者その他の第三者もまた、その判断理由について説明責任を負う。
研究の実施に関する個別の判断、それを支える標準、および本基底原則そのものは、誤り得るものとして扱われなければならない。新たな研究方法、社会状況、技術、知見または批判によって従来の判断の欠陥が明らかになった場合には、理由を記録した上で修正することをためらわない。過去の判断との一貫性は重要であるが、一貫性の維持を名目に明らかな誤りを固定化することは、規範の安定ではなく、制度の硬直にすぎない。
本原則は、社会科学研究について特定の研究方法、政治的立場、宗教的信念または学派を 正統と認定するものではありません。
Versioning
第11条は、個別の判断も、それを支える標準も、この原則そのものも、 誤り得るものとして扱うことを求めています。
過去の判断との一貫性のために明らかな誤りを固定化することは、 倫理的な安定ではなく制度の硬直である。条文にそう書いてある以上、訂正できない仕組みを商品にすることはできません。
現在の版は vε です。ε は正の極小数で、第一版であることを表しています。 条文を変えたときは、変えた箇所と理由を記録します。 レビューの記録には、判断に用いた版が記載されます。 あとから条文が変わっても、その記録がどの版に基づく判断だったかは残ります。
Record, not approval
認証は、資格を与える行為です。資格は、剥奪と対になってはじめて意味を持ちます。 職業上の資格という枠を持たない相手に対して、認証は構造として成立しません。
高校生は専門職ではありません。剥奪される枠がない以上、 当社が出せるのは記録です。 何を読み、何を読んでいないか。どの版のどの条に照らしたか。判定はどうだったか。 それを書いてお渡しします。
この区別は、結果をお返しする文面にも、このサイトの表記にも通します。 認証、認定、承認、保証、合格、適合、安全。これらの語を使いません。
Further reading
条文だけでは、なぜその条があるのかまでは分かりません。逐条解説と、体系の設計の説明は、note で順に公開します。
公開の場所と時期は、準備ができ次第このページに載せます。
条文への批判、反例、改善の提案を歓迎します。 サービスの利用を前提としないご連絡でも構いません。
受付の窓口を準備しています。開き次第、ここから進めるようにします。